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こまかいことにこだわってみるのもいいかもね (2003年8月クルーガー国立公園 Photo: E. Bailey)
by HOOP
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HOOPってこんな奴
 かつてスキンの絵柄が女性だったからといって女性が書いてるとは限らないだろ。これが意外どころか、そのものズバリの脂ぎった中年男だったりするのだ。まあ、気持ちだけはいつまでも14歳くらいだったりするんだけんども、そんなこと言われたって気味悪いだけだろうしな。

 あ、そういえば、ブログホイホイに捕獲されちゃいました。アクセスアップだけじゃなくて、けっこう面白いブログに出会えるから意外と使えるかもね。

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福島第一原発事故発生時に1号機にいた作業員
福島第一原発事故発生時に1号機にいた作業員_b0002954_1920970.jpg福島第一原発の事故発生時に1号機にいた作業員、木下さんが、先月亡くなっていたことを神戸新聞が伝えている。

地震で配管落下 続く場当たり体質 福島第1元作業員の「遺言」
 東日本大震災から11日で2年半。節目の日を前に、福島第1原発事故発生時に1号機で働いていた一人の男性作業員が亡くなった。全身に転移したがんと、石綿(アスベスト)が原因とみられる肺線維症(じん肺)に侵されていた。男性は5月下旬、神戸新聞の取材に応じていた。事故後の東京電力の対応を批判し、「このまま日本各地で原発を再稼働すれば『安全神話』が復活するだけだ」と危機感をあらわにした。

 福島県郡山市で暮らしていた木下聡さん。原発の電気設備を専門にする技術者で、東電の3次下請けに当たる同県大熊町の会社に40年間勤め、昨秋に退社した。その直後、肺線維症と診断され、肺がんも判明。8月5日、65歳で亡くなった。

 男性は、原発事故の原因となった全電源喪失について、東電が地震の揺れとの関連を否定することに憤った。

 「地震発生時、老朽化が進んでいた無数の配管やトレーが天井からばさばさと落ちてきた。下敷きにならなかったのは奇跡。あれだけの破壊で『無事』なんてあり得ない」

 最近も、同原発では汚染水漏れやネズミの侵入による停電などが相次ぐ。場当たり的な体質は変わらない。「素人工事の結果だ。熟練作業員が線量オーバーで現場に入れなくなっており、同様の原発事故は今後も起きるだろう」と強調した。

 「簡単には死ねない。話せるうちに体験を伝えたい」と話していた男性。この時の取材が「遺言」となった。

(木村信行)


東電のずさん体制糾弾 「現場体験、伝えなくては」
 福島第1原発事故が起きたとき、1号機にいた元作業員の木下聡さん(65)が亡くなった。「余命8カ月」と宣告されていた。「地震の影響と向き合わない東京電力は、何も変わっていない。私の経験をもっと伝えなくては」。そう語っていたが、帰らぬ人になった。

 地震直後、1号機の冷却装置「非常用復水器」は作動せず、メルトダウンの主因の一つとされる。木下さんは「現場にいた私たちに明確な指示があれば動かせた」と指摘。東電などの調査で、当直の社員が使い方を知らなかったことが判明しており「情けない。結局、すべてがメーカー任せだった」と憤った。

 稼働40年になる1号機の老朽化にも言及した。「重要器具は定期検査で交換するが、周辺の装置はそのまま。どんどん配管を増やし、防火剤を塗りつけるから、設備の重量は設計基準を大幅に超えていた」「建屋のコンクリートはずぶずぶでドライバーを当てると白い粉になった。鉄筋をモルタルで塗り固めるときも竹の棒で突っつくだけ。施工はひどいものだった」

 福島第1原発の全電源喪失と地震の関係について、事故後に設置された政府、東京電力の両事故調査委員会は「無関係」と否定する。しかし、木下さんは「内部はすさまじい破壊ぶりだった」と証言した。「解析が必要」と結論づけた民間事故調で委員長を務めた北沢宏一・前科学技術振興機構理事長は「地震の影響があり得るという前提で調査を継続しないと、国民の信頼は得られない」と指摘する。

 木下さんは原発事故の1カ月後、避難先の青森県から呼び戻され、1~4号機の電源車のケーブル敷設作業に従事した。

 木下さんの積算被ばく線量は40年間で96ミリシーベルト。このうち38ミリシーベルトは事故後の復旧作業で被ばくしていた。

 がんとの因果関係について「私はたばこを吸うし、100ミリシーベルト以下なら問題はない」と否定。肺線維症は、電気配線に粉末状のタルクを塗る作業でアスベストを吸引したのではないかと疑っていた。

 ただ、木下さんを支援していた福島県の労働関係者は「実際は長年、被ばく線量を低くごまかすため若い作業員の線量計を借りて現場に入った、と本人は言っていた。放射能と発がんの関係は否定できないのではないか」と話す。

(木村信行)


証言できる人が、こうしてどんどんいなくなっていくのです。

本当にこれから、どうなってしまうのでしょうか?





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by HOOP | 2013-09-12 19:26 | News watch
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