こまかいことにこだわってみるのもいいかもね (2003年8月クルーガー国立公園 Photo: E. Bailey)
by HOOP
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HOOPってこんな奴
 かつてスキンの絵柄が女性だったからといって女性が書いてるとは限らないだろ。これが意外どころか、そのものズバリの脂ぎった中年男だったりするのだ。まあ、気持ちだけはいつまでも14歳くらいだったりするんだけんども、そんなこと言われたって気味悪いだけだろうしな。

 あ、そういえば、ブログホイホイに捕獲されちゃいました。アクセスアップだけじゃなくて、けっこう面白いブログに出会えるから意外と使えるかもね。

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カテゴリ:Disaster( 121 )
東京オリンピック50年
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東京オリンピックの前後、

あの頃の東京には、夏休み中8月15日の全校登校日に学校に来ないような、
不心得者はほとんどいませんでした。

登校日でなくても、その前後の「朝のラジオ体操」や学校の「プール」、
そして、近所で遊ぶのに、友達が何日も旅行でいない、などということもありません。

つまり、何が言いたいかというと、
子どもたちだけでなく、親たちも皆、東京で生まれ、東京で育った、
つまりは東京が故郷、という人たちがほとんどだったということなのです。

そして、その中には荒川、隅田川、中川、江戸川、多摩川と、
それらを結ぶ運河を含む内水面に暮らす水上生活者も多数いました。

(上の写真は「短篇映画研究会」のはてなブログからお借りしてきました。)


そうした水上生活者にも子どもたちがおり、
(上記の映画にも登場しますが)
私たちの小学校にも船から通う同級生が少なからずいました。

ところが、オリンピックの前に、彼らは次々と姿を消して行ったのです。

これは東龍太郎東京都知事(当時)が行った東京の美化対策の一環として、
水上生活者や河川敷にバラックを建てて生活していた者たちを排除するために、
彼らに対する水道や電力といったライフラインの切断を行ったのです。
これは近代都市東京を演出しようとしたスタンドプレーのためにほかなりません。

近くは北京オリンピックの際の中国政府の施策が記憶に新しいところですが、
東京でも実は同じようなことをしていたのです。



オリンピック以来、それまで住みやすかった東京は、
「とても住みにくい街」「人の結びつきが希薄な街」などと言われるようになりましたが、
昔からの住人同士はしばらくはそんなことなかったんですよ。

でもね、「人の結びつきが希薄」と言い出すような人たちでどんどん希釈されていき、
今では本当に希薄になってしまったのではないかと思うほどです。

写真の映画の視点を思い出して欲しいのですが、
この映画を制作したのは東京都です。

その時点では、とても温かい視点で水上生活者とその子どもたちをとらえています。

それが、わずか10年もしないうちに、
その同じ東京都の手によって、ライフラインの供給を断たれ、
立ち退きを余儀なくされるのです。


現在の東京は、地方出身者でどんどん人間関係を希釈し、
人と人との結びつきを政策的に遮断することによって、
管理しやすい、便利な都市として造られてきたと言えるでしょう。

それを始めたのが東龍太郎都知事、
そして後の鈴木俊一都知事(当時は副知事)なのです。

彼らはものすごく優秀な方達なのでしょう。

都市を発展させるということは、そういうことなのかもしれません。

でもそろそろ、そういうことを見直す時期に来ているのではないでしょうか?


そう、

数年後のオリンピック開催を見直し、返上することによって、
人の愛にあふれる都市、江戸により近い、人情ある東京を
もしかしたら再生させるきっかけにできるのではないでしょうか。









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by HOOP | 2014-10-14 21:38 | Disaster | Comments(0)
火災報知器が鳴っている
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聞き慣れないベルの音に、もしやと思って廊下に出てみると、
火災報知器が鳴っていました。

念のため、エレベータを使わずに非常階段を使って1階まで降りて行く途中、
耳を澄ませていたが、どの階でも鳴っていました。

管理人室が不在だったので、再び(今度はエレベータで)5階まで戻ると、
隣室の方が心配そうに廊下を覗いていました。

管理人さんの携帯に電話しましたが、留守電でしたので、
状況を録音しましたが、あとで聞いたら、
合羽を着た上からリュックを背負って自転車なので、
とても出ることはできないし、という状況だったそうな。

で、発報が2階だということになり、
管理人さんと一緒に2階の部屋のドアを片っ端から強く叩いたのですが、
寝ていた人は「何か鳴ってるな」くらいにしか思わなかったそうです。

結局、煙感知器か熱感知器の誤作動による発報ということに。

ま、なんでもなくてよかったけれど、
廊下のドアを閉めてしまうと、
火災報知器のベルはあまり大きな音には聞こえないことがわかりました。

今後は注意深く、聞くことにしようと思います。

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※ 点検後、再起動するたびに発報するので、
  再度、2階の部屋を調べたところ、センサー内部が腐食していたそうです。
  居住者がスプレーを吹きかけていたという話があり、
  「やらないように」との注意書きが張り出されていました。

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by HOOP | 2014-10-06 08:30 | Disaster | Comments(0)
長野県西部地震
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御嶽山観測点配置図(朝日新聞)


御嶽山頂の地震計、昨夏から故障 噴火時、観測できず
 御嶽山の山頂付近に長野県が設置した地震計が、昨年8月から故障で観測できない状態だったことが30日、わかった。老朽化で故障したが、火山観測で連携している名古屋大が秋にも山頂に新たに地震計の設置を準備していたため、県単独の更新を見合わせていた。
(続きを読む)



35年前の噴火(水蒸気爆発)今回の噴火とを比較してみると、
噴火の規模は今回の方が大きそうなのですが、
その5年後の1984年にはこんなことが起きています。

長野県西部地震
長野県西部地震(ながのけんせいぶじしん)は、1984年(昭和59年)9月14日08時48分49秒、御嶽山 (長野県)山麓の長野県木曽郡王滝村直下(北緯35度49.5分、東経137度33.4分、深さ2km)を震源として発生したM 6.8 の地震。

王滝村では推定震度6(烈震)を記録し、被害が集中した。震度が推定になっているのは、当時地震計が置かれていなかったため。震央部(震源の真上)では震度7(激震)だったのでは、と推測する意見もある。震源の深さは 2km と極めて浅い地震であったが、この地震によって地表面に断層は現れなかった。余震分布の観測結果により、延長15kmの北東-南西方向の断層と、直交する延長5kmの北西-南東方向断層の2方向の断層が活動した。

震源域の真上では、一部の範囲で重力加速度を越えた5Hz~10Hzの震動により、石や木片が飛んだという報告がある。水資源開発公団の牧尾ダムに設置されていた地震計(震央距離 4km)は、300ガルを上限とする設定であった為に振り切れていた。

(続きを読む)


いろいろ、連動してくると、非常に厄介ですね。

本当に、天に祈るしかないのかもしれません。




六根清浄大祓
天照皇太神の宣はく
人は則ち天下の神物なり
須らく静(しずめ)謐(しずまること)を掌(つかさど)るべし
心は則ち神明(かみとかみと)の本主(もとのあるじ)たり
心神(あがたましい)を傷ましむること莫れ
是の故に目に諸(もろもろ)の不浄を見て 心に諸の不浄を見ず
耳に諸の不浄を聞きて 心に諸の不浄を聞かず
鼻に諸の不浄を嗅ぎて 心に諸の不浄を嗅がず
口に諸の不浄を言ひて 心に諸の不浄を言はず
身に諸の不浄を触れて 心に諸の不浄を触れず
意(こころ)に諸の不浄を思ひて 心に諸の不浄を想はず
此の時に清く潔き偈(こと)あり
諸の法(のり)は影と像(かたち)の如し
清く潔ければ仮にも穢るること無し
説(こと)を取らば得べからず
皆花よりぞ木実(このみ)とは生(な)る
我が身は則ち六根清浄なり
六根清浄なるが故に 五臓の神君安寧なり
五臓の神君安寧なるが故に 天地の神と同根なり
天地の神と同根なるが故に 万物の霊と同体なり
万物の霊と同体なるが故に
為す所の願として成就せずといふことなし
無上霊宝 神道加持



今回の噴火で、王滝頂上から生還した方のレポート


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by HOOP | 2014-10-01 23:26 | Disaster | Comments(0)
火事だ!
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すごい勢いで炎が吹き出してる。

市営滝頭第二住宅の、多分四階部分。
中折れしている部分から西へ二番目の部屋が燃えている。


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消防車が来た時には、まだ炎は出ていなかった。
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窓が割れるなどして、バックフラッシュしたのかもしれない。
一秒後には炎を吹いていた。
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今、救急車が走って来たよ。

消防車も、磯子署だけでなく、南署からも来ているようだ。






かつて横浜市電最大の基地だった滝頭車庫、現在は市バスの車庫になっているため、
その照明に照らし出された煙がかなり異様でした。


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by HOOP | 2014-05-28 21:02 | Disaster | Comments(0)
鵠沼でも
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カーポートが倒壊している御宅がありました。


重い雪は嫌ですね。





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by HOOP | 2014-02-17 07:42 | Disaster | Comments(0)
富士山直下に活断層


もし山体崩壊が起きれば、
火山としての富士山の活動に影響はないのでしょうか?







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by HOOP | 2012-05-10 18:06 | Disaster | Comments(0)
どうなる!? 湘南海岸の津波対策


昨日は湘南ビジョン研究会の主催する
ミニフォーラム「湘南の海を考える」に出席してきました。

3回目になるという今回のテーマは「どうなる!? 湘南海岸の津波対策」でした。

まず、最初の30分間は
国土交通省 国土技術政策総合研究所
沿岸海洋研究部 主任研究官の熊谷兼太郎氏が、
「湘南海岸の過去の津波とその被害」と題して講演。
湘南海岸には過去約500年の間に、比較的規模の大きな津波が7回発生しているが、
単純に津波が発生する感覚を求めるのは正確な考え方ではないとし、
規模、震源の分布などから地震を4つに分類すると、
それぞれの間隔がわかってくるということを解説した。

津波の波源の位置とも関係があり、7回の大津波は
1. 相模トラフ (1703元禄・1923大正関東)
2. 西相模断層 (1633・1782相模湾)
3. 東海地震 (1498・1854)
4. 房総沖? (1605慶長)

の4つに分類できる。

津波の高さ、到達時間には大きな地域差があるが、
元禄地震や大正関東地震では、湘南海岸に津波が到達するのに
5分ほどしかかかっていない。

5分で逃げ切ることを考える必要があるが、シミュレーションの結果、
鉄筋構造の高い建物を避難場所としてなるべく多く確保することで、
避難時間を短縮することができると考えられる。
としている。

内閣府「防災基本計画」(pdf):
http://www.bousai.go.jp/keikaku/20111227_basic_plan.pdf

国土技術政策総合研究所資料No537:
http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/siryou/tnn/tnn0537.htm


続いて、藤沢市災害対策課長の渡邊伸二氏から、
藤沢市として地震・津波対策にどのように取り組んできたのかが紹介された。

意外だったのは昨年中にかなりなことが実行されていること。

そして、国や県のマターについても市としての要望を単独でも、あるいは他の沿岸市町と協調してという形でも、かなり具体的に出してきているということ。
県はあくまでモデルケースとして、県立湘南海岸公園内に津波避難タワーを建設するとしているが、実際にそこに避難できるのはわずか100名。

年間400万人が訪れる日本一の海水浴場群を抱える藤沢市や周辺市町では、それがどれだけの役に立つのか、地域住民ですら助けられないじゃないかとの声もある。

藤沢市としては、国道134号腺および河川から500m以内に点在する鉄筋および鉄骨鉄筋コンクリート作り3階建て以上の建築物50カ所について防災協定を締結し、津波避難ビルとして指定しているが、3.11の教訓から、さらにJR線以内まで拡大しするため、各地区市民センター、公民館、災害対策かの協同作業により筑後とのリスクを考えた避難路の確認を地区住民の目と足で進めてもらっている。

藤沢市: 津波避難情報マップについて
http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/bousai/page100054.shtml


最後に日本最大の海水浴場西浜のライフセイバーをまとめている、日本ライフセービング教会救命部委員で西浜サーフライフセービングクラブ理事の風間隆宏氏から、海水浴場およびサーフスポット、さらに釣り場としての湘南海岸の場所による性格の違いと、ヨット、ウインド、遊漁船等、さまざまな観光客が訪問する湘南海岸の特性について解説があった。
海水浴場監視の現場で、あらかじめ何時から遊泳禁止ということを予告しておいて、自分たちも準備ができていて、それでも全員上がってもらうのに5分はかかる。
突発的な地震で、5分以内に避難完了など、全くできるとは思わない。

市の防災無線は昨年かなり拡充されたが、海岸で海水浴をしている人たちには届かないし、水の中にいる人にはもっと届かない。サーフスポットなど何カ所かには電光掲示板もあるが、海水浴客に周知する方法はかなり工夫しないと難しい。

オレンジフラッグのようなことをやるのもひとつの方法、建物をオレンジ色の布で覆ってしまうくらいの大規模なことを考えて行かなければ、ということを熊谷氏が補足していた。


討論では海水浴客など観光客をどう誘導するのか、どう周知するのか、ということと、
地域住民の避難はどうすうrのか、ということに分けて、
準備としてなにができるのか、何をしなければならないのか、について
フロアからの発言も含めて討論し、中身の濃い会合で大変勉強になりました。

最後に全員で記念写真を撮ったのにはちょっと驚いたけど(笑)


 


↓こういうのも参考になるでしょう。




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by HOOP | 2012-01-18 10:51 | Disaster | Comments(0)
船乗りシンドバッド



アラビアンナイトの船乗りシンドバッドと言えば、
数々の冒険をして命からがら助かるというおとぎ話ですが、

新地町では地震と津波の被災時には、全ての漁船が沖で操業中だったそうです。

津波の第一波、それより大きな第二波には、
無線でやりとりしながら、斜めに乗り切って一安心、
全ての船が無事に津波を乗り越えることができたそうです。

ところが、その前に立ちはだかった第三波はとてつもなく大きな壁。


今度は、斜めもなにも、どうしようもないほど、
高く垂直に切り立った壁がそこにあったそうです。

大きなうねりとか、そんなもんじゃない。

高い高い壁で、てっぺんは白くくだけてこちらに落ちていたそうです。

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巡視船「まつしま」、大津波に遭遇!


今度はもうおしまいだ。

皆、覚悟を決めたそうです。


斜めじゃ無理だ。
まっすぐ突っ込むしかない。
無線でやり取りして、みんなまっすぐ突っ込むことにしたそうです。

できるだけ多くのロープをかき集めて体を船に縛り付け、
こうしておけば、死んでも船の破片と一緒にみつけてもらえる。
そう思って固く縛り付けたんだそうです。

そして、船を今度は波、いや、壁に直角に、まっすぐ向けて、
エンジンを全速にして突っ込んだら、
その衝撃のあまりの凄まじさに、たぶん気絶したんだね。

正気に戻ると、あたりの海面が無数の泡で覆われていたそうです。

それを見て、ああ、俺は死んだんだな。

これが死後の世界というものか、
そう思ったそうです。

何しろ、見たこともない景色で、しかも静かな海面だったそうです。


ところが、

「大丈夫か〜」

「おう」

そういう無線のやり取りが次々と聞こえてきて、現実に引き戻されると、
その静かな海面に、仲間の船が一つ、また一つ、と見えているのがわかったのです。

なんと、奇跡的に全員無事だったそうです。


彼らはその後、一晩、沖で夜を明かし、
浜に帰ってきて、何もなくなっていることに唖然としたのでした。


全船、全員、船に関しては津波被害に遭わなかったというのも奇跡でした。


でも、その頃、家はなくなり、家族が犠牲になった方もあるのです。


地震/津波から8ヶ月、まだまだなんにも終わってなんかいないし、
忘れてはいけないことがたくさんあります。


※ 本日から、朝日館の女将のてんてこ舞日記をリンクさせていただきました。


信じられない航海



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by HOOP | 2011-11-17 17:33 | Disaster | Comments(2)
新地駅
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新地駅も、国道にほど近い新地町役場に停留所を設けてありました。

線路のある東に向かうと、すぐに
津波の被害を受けた家屋が目に入ります。

以前を知らない私には、
跡形もなくなってしまった場所よりも、
かえって残骸があるほうが、強烈な印象を与えるような気がします。




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by HOOP | 2011-11-16 08:33 | Disaster | Comments(0)
坂元駅
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こちらは国道(6号)沿いにバス停がありました。


道の両側に津波で破壊された建物や瓦礫の残りが見えます。

ん?

まだ、車が埋まってるのが写真にも写ってる!!





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by HOOP | 2011-11-16 08:14 | Disaster | Comments(0)