こまかいことにこだわってみるのもいいかもね (2003年8月クルーガー国立公園 Photo: E. Bailey)
by HOOP
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HOOPってこんな奴
 かつてスキンの絵柄が女性だったからといって女性が書いてるとは限らないだろ。これが意外どころか、そのものズバリの脂ぎった中年男だったりするのだ。まあ、気持ちだけはいつまでも14歳くらいだったりするんだけんども、そんなこと言われたって気味悪いだけだろうしな。

 あ、そういえば、ブログホイホイに捕獲されちゃいました。アクセスアップだけじゃなくて、けっこう面白いブログに出会えるから意外と使えるかもね。

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プーになったウィニーの話


Winnie、彼女の場合、無職になったというよりは孤児になったという方が正しいようです。
 ウィニーの名前の元になったと考えられるウィニペグという地名は、1914年8月24日に彼女を20ドルで猟師から買い取ったカナダ陸軍の獣医尉官、Harry Colebournの故郷であるとともに、Colebournが所属する部隊の本拠地でした。第一次大戦の戦場に向かうためヨーロッパに移動中だった部隊は、Winnieを部隊のマスコットとして連れたまま英国に渡り、いよいよフランスの最前線に向かうというときに、安全のためロンドン動物園に預けていったのだそうです。でも、Winnie-the-Bearはたちまちロンドン動物園の人気者になってしまいました。
 やがて戦争が終わりましたが、Winnieをカナダに連れて帰ろうと思っていたColebournは考えを改め、1919年に正式にWinnieをロンドン動物園に寄贈しました。Winnieはその後1934年5月12日まで生きたそうです。そこでMilne家がどうかかわるのかというと、1924年に近所の子供と一緒にロンドン動物園を訪れたクリストファー・ロビンがWinnieと運命的な出会いをするんですね。檻の中に入ってWinnieにコンデンスミルクを直接与えるという貴重な体験をしたクリストファー・ロビンが、家に帰ったあとでも、ぬいぐるみのクマをWinnieと呼び、コンデンスミルクを飲ませようとしたのは当然といえば当然でした。だから、プーさんもコンデンスミルクが大好きなんですね。

 プーさんの物語が成立する背景には、世界中を巻き込んだ戦争の影と、
 こころやさしい獣医さんの存在があったのですねぇ。

 ちなみにクリストファー・ロビンの持っていたぬいぐるみのクマさんは、
 彼が1歳のときに母親が買い与えたもの。
 もちろんお求めはハロッズだったそうです。


 でも、やっぱり、Winnieは20年間の一生を夏も冬も関係なく
 ずっとハダカで過ごしたに違いない、、、

 ウィニー(プー)はカナダから来たんだよ (英文)
 WinnieとColebourn、そしてクリストファー・ロビン 
  (Fort Garry Horse; Colebournが所属した部隊のページ。
   10歳の、つまり大人のWinnieに
   クリストファー・ロビンがミルクを与えている写真もあります)

 プーさん (かわむーさんのblog記事)
 本当はハダカだったくまのプーさん

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by HOOP | 2004-08-29 16:50 | Misc. | Comments(5)
Commented by pegion at 2004-08-29 22:24
上半身は何か羽織っていて、下半身がハダカの彼が気になります。
2000ヒットおめでとうございます。
こういうのって嬉しいものですね(´∀`)
Commented by HOOP at 2004-08-29 22:34
>pegionさん、どうもです
やっぱり、プーって「彼」でしょ。ウィニーは女の子だったのにね(笑)
上には何か羽織っていて、下半身はハダカって、
ドナルド・ダックもそうなんじゃなかったかなぁ?
Commented by chick_pea at 2004-08-31 05:51
こんな話があったなんて、知らなかったです。また、「クマのプーさん」を読んでみたくなりました。TBもさせていただきました。こんないい話に小咄でTBしてしまってよかったでしょうか。まずかったら言ってください。
Commented by HOOP at 2004-08-31 08:20
chick_peaさん、いらっしゃいませ
 小咄、拝見しました。ちょっと辛口の味付けで、あ、アリッサを隠し味に使いましたか?このへんの、あはは、と笑いながらどこかで引きずるもの、というのが、それぞれの国民、民族で違うかもしれませんが、本質は同じはずなんですけどねぇ、、
 先週、金曜日にチリの女性がいらしたので、チリ海軍の練習帆船エスメラルダの話をしました。現在のエスメラルダは世界最大(級)の美しい帆船ですが、たしかこれは5代目。3代目のエスメラルダは日本に売却され、発音が近い「和泉」と命名されます。日本海海戦では東郷平八郎率いる日本艦隊の先頭を索敵しながら航行し、敵前大回頭作戦のきっかけとなるのですね。東郷をして「和泉なくして勝利はなかった」と言わしめたといいます。その後継艦である現役の美しい帆船エスメラルダ。アジェンデ政権下で政治犯の収監、拷問に使われたとして、アムネスティが調査を要求しています。政治と戦争が絡むと、美醜を問わず、いろいろな逸話が生まれるものですね。
Commented by chick_pea at 2004-08-31 16:18
こういう形で、日本とチリがつながっていたんですか。勉強になります。ディスカバリーチャンネルでやって欲しい内容ですねえ。
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